子供さえできれば・・・
帰宅するのは週に半分ほど。
E美の手料理を食べることはなく、いつも外食で済ませお酒とおつまみを買ってくる。
ボケっとTVを見ているか、スマホを触っている。
きっとこのスタイルの生活を、何十年と続けてきたんだろう。
そしてE美がいたとしても、何一つ変わらない。
「ねぇ、炊飯器が壊れていたんだけど・・・」
「え、何?俺使わないし、自分の買えば?」
「お金が足りなくて・・・」
「生活費あげてるよね?」
「それは、食費と生活費と、携帯代とかで・・・」
「おふくろは5万でも多いくらいだといつも感謝してくれた。足りないなんて一言も言わなかったなぁ」
数年前に亡くなった義母。
相続に加え年金もあったであろう義母と、無収入の私を一緒にするの?!
空いた口の塞がらないE美。
子供さえできれば、この人も変わってくれるのでは。。。
淡い期待
念願の子供を授かった。
年齢的に無理だと思ったが、奇跡的に妊娠した。
夫もこればかりは喜びの声をあげ、生活費が倍の10万になった。
夫婦で出かけることが増え、ベビーベッドや赤ちゃん服、おむつなど買い揃えた。
しかし、その幸せは長く続かなかった。

産まれてきた子に障害があると判明した途端、夫は逃げるように長期出張が増え、家に帰らなくなった。
ただでさえ初めての育児で不安な中、頼みの綱だった実母が介護状態に。
両親も、E美を助けている場合ではなくなってしまった。
「薄情な人だとは、初めて会った時からわかっていた」
そう告げられた。
夫が高所得なため、本来支給されるはずの手当が対象外になったり、所得により金額が変わるものは、最高額になってしまい利用できない。
まるで母子家庭のような生活でありながら、手当がない分より貧しいのではないかと、常に離婚が頭をよぎるが、できなかった。
離婚後にどう生活していけばいいのか、想像もできなかった。
「挙式の日。品定めするような目で、綺麗な女性ばかり全身を舐めるように見ていた。E美はどうしてこんな人と結婚したのか。お金があっても、あれは『ない』とみんなで話していた」
そうやって、みんなで私を嘲笑っていたの?
「社長夫人」
「玉の輿」
その言葉に踊らされた、でも踊らせたのも貴方達でしょ。
「経営に明け暮れて、婚期を逃した」
違う違う、あんな男を選ぶ女性がいなかっただけ。
見る目のない、E美だけが勘違いして見抜けなかった。
両親も友達も、彼を一目見た時から、こうなるであろうことは予測がついた。
私だけがわからなかった。
なのに、誰も助けてくれないんだ。
幼子を抱え、暗い奈落の底へ突き落とされた気分だった。
数年後
父とE美は協力しながら、母の介護と子育てに忙しい日々を送っていた。
当時、E美の様子を見かねた父は知り合いの弁護士に相談し
探偵をつけたところ夫の不貞が発覚し離婚が成立。
慰謝料と養育費、また必要な支援を受けることができ
忙しさの中にも笑顔の絶えない生活を送っている。

