福祉施設で働く28歳の亜衣さん(仮名)は、友人の紹介で31歳の男性と出会いました。
彼は大手企業勤務。
穏やかで誠実そうな雰囲気の男性でした。
初めて会った日から話は弾みました。
福祉の仕事の話をすると、
「すごいね」
「自分にはできない仕事だよ」
と興味深そうに聞いてくれます。
子育て中の同僚が突然休むこともあり、
周囲に迷惑をかけてしまう場面も少なくありません。
仕方のないことだし、お互い様だと頭では理解していても、
亜衣さん自身は
「私は職場の人に迷惑をかけたくない」
という気持ちを持っていました。
もし子どもに恵まれたら仕事は辞めて、
家庭を優先しながら在宅でできる仕事をしたい。
そんな考えを話した時も、
彼は
「それもいいんじゃないかな」
と自然に受け入れてくれました。
今まで付き合った男性の中には、
「結婚したら専業主婦になるってこと?」
と否定的な反応をする人もいました。
だからこそ、
自分の考えを認めてくれる彼に強く惹かれたのです。
理想の相手
交際は順調でした。
彼は忙しい人でしたが、
会えば大切にしてくれました。
デートの帰りには
「今日はありがとう」
と必ず伝えてくれます。
体調を崩せば心配してくれます。
結婚したら、
こんな人と穏やかな家庭を築くのだろう。
亜衣さんはそう思っていました。
付き合って半年が過ぎた頃、
彼からプロポーズを受けます。
返事はもちろん「はい」でした。
この人となら幸せになれる。
そう信じていました。
はじめての違和感
違和感が出始めたのは婚約して間もなくでした。
ある日、
在宅ワークのセミナーに参加した話をした時のことです。
「すごく勉強になったの」
そう話すと、
彼は
「そういうのって胡散臭いよね」
と言いました。
少し意外でした。
でも悪気は感じません。
「未経験からWebデザインで仕事をしている人もいるよ」
と説明すると、
「資格商法でしょ」
と笑いました。
また別の日。
職場の先輩が独立して福祉事業を始めた話をすると、
「安定した仕事を辞めるなんて怖くないのかな」
「俺だったら絶対やらないな」
と話しました。
その時は、
価値観の違いなのだろうと思いました。
しかし婚約後、
似たようなやり取りが少しずつ増えていきます。
「勉強会に参加してくるね」
「休みの日まで仕事のこと考えなくてもいいじゃん」
「アフィリエイトをやってみようかな」
「そんなの一握りしか成功しないよ」
彼は怒っているわけではありません。
責めているわけでもありません。
ただ、
いつもブレーキをかけるのです。
マリッジブルー?
ある日、
友人に言われました。
「婚約したのに、なんでそんな暗い顔してるの?」
その言葉に、
亜衣さんはドキッとしました。
確かに最近、
彼に夢を語らなくなっていました。
何かをやりたいと思っても、
どうせ否定される気がしてしまうのです。
彼といるのに、
どこか孤独でした。
友人は言いました。
「マリッジブルーじゃない?」
「ちゃんと話してみたら?」
その夜、
亜衣さんは勇気を出して聞きました。
「どうしてそんなに反対するの?」
すると彼は少し考えてから答えました。
「反対してるわけじゃない」
「ただ、変な方向に行ってほしくないだけ」
不自由の意味
そして彼は続けました。
「出会った頃はまだ距離があったから応援できた」
「もし失敗しても、自分の生活に影響はなかった」
「でも今は違う」
「これから家族になるんだから」
「その失敗で家庭が苦しくなる可能性だってある」
その言葉を聞いた時、
亜衣さんは気付きました。
彼は意地悪をしているわけではない。
自分を大切に思っているからこそ、
危険を避けてほしいのです。
ただ、
彼の考える幸せと、
自分の考える幸せが違っていました。
どちらが正しいという話ではありません。
向いている方向が違っていたのです。
本当の気持ち
それからも話し合いは続きました。
「専業主婦でもいいよ」
と言われても嬉しくありません。
「実家の敷地に家を建てられるよ」
と言われても心が動きません。
むしろ、
自分の希望よりも、
彼の理想が優先されているように感じました。
ある日、
友人との食事の席で悩みを打ち明けると、
友人は言いました。
「男なんてそんなものだよ」
「価値観が違うのは当たり前」
「それでも一緒にいたいと思えるから結婚するんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、
亜衣さんはハッとしました。
私が好きだったのは、
婚約前の彼かもしれない。
今の彼と、
それでも一緒にいたいと思えるだろうか。
何度考えても、
答えは出ませんでした。
婚約破棄
別れる理由はありませんでした。
彼は誠実でした。
優しい人でした。
結婚相手として見れば、
申し分ない人だったと思います。
だからこそ苦しかったのです。
結婚したくない理由はない。
でも、
結婚したい理由も見つからない。
悩み続けた末、
亜衣さんは婚約を解消しました。
周囲からは反対されました。
「もったいない」
とも言われました。
それでも決断は変わりませんでした。
数年後
それから数年後。
亜衣さんは別の男性と出会います。
価値観が全て同じわけではありません。
意見がぶつかることもあります。
欠点だってあります。
けれど、
何かに挑戦したいと話した時、
彼はまず
「面白そうだね」
と言いました。
もちろん現実的な話もします。
リスクについても話します。
でも最初に否定することはありませんでした。
その時、
亜衣さんは自然と思いました。
「それでもこの人と一緒にいたい」
結婚を決めた理由は、
条件ではありませんでした。
価値観が一致したからでもありません。
一緒にいる未来を想像した時、
心から笑ってる自分がいたのです。

